大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和63年(ワ)1868号 判決

原告 甲野太郎

同 乙山次郎

右両名訴訟代理人弁護士 坂和優

被告 丙川春夫

被告 丁原夏夫

右両名訴訟代理人弁護士 市木重夫

主文

一  被告丙川春夫は、次の金員を支払え。

(一)  原告甲野太郎に対し、金八四万六、五七七円及びこれに対する昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員。

(二)  原告乙山次郎に対し、金一八五万円及びこれに対する昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員。

二  原告らの被告丁原に対する請求、被告丙川に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告甲野と被告丙川との間では、これを五分し、その四を原告甲野の負担とし、その余を被告丙川の負担とし、原告乙山と被告丙川との間では、これを二分しその一を原告乙山の負担とし、その余を被告丙川の負担とし、原告らと被告丁原との間では、全部原告らの負担とし、その余の区分不明の費用は、これを二分しその一を原告らの負担とし、その余を被告丙川の負担とする。

事実・理由

第一申立

一 原告ら

1  被告らは連帯して、次の金員を支払え。

(一) 原告甲野太郎に対し、金四三二万一、九二五円及びこれに対する昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員。

(二) 原告乙山次郎に対し、金三八五万円及びこれに対する昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二 被告ら

原告らの請求を棄却する。

第二事案の概要

一 請求の対象(訴訟物)

原告らは、被告丙川に勧められて、株式会社戊田に出資金、貸付金名下に出した金員につき、同会社の取締役である被告らに対し、悪意重過失による任務懈怠による商法二六六条ノ三、民法七〇九条に基づく損害賠償の請求、及び、債権者代位権による戊田の被告らに対する債務不履行、不法行為責任に基づく損害賠償責の請求をする。

二 争点

1  原告らの主張

原告甲野は金四三二万一、九二五円、原告乙山は三八五万円を戊田に準消費貸借により貸し付けたが、戊田は事実上倒産し、回収不能になった。これは、被告丙川が代表取締役として、成功おぼつかない事業で、商品の可能性のないタルクを、一、二か月後に取引ができるといって、被告らに投資を勧めたうえ、会社経理と個人資産とを混同し、右貸付金も会社資産として運用せず、被告丙川個人の借金返済、高級車購入に私消するなどの放漫経営により、会社を事実上倒産状態に至らせて、原告らに債権額相当の損害を与えた。

2  被告らの主張

原告らは被告らとともに戊田の事業に共同出資したものであり、出資金は会社の事業に使用されており、原告甲野は不定期であるが、甲野松夫の作成の帳簿につき尋ねていた。したがって、被告丙川には責任がないし、被告丁原は原告らと同じ立場であり、なおさら、責任がない。

3  中心的争点

本件の争点は、被告丙川が、成功の見込みのない事業に投資を勧誘し、会社財産、資金を私的に費消するなどの放漫経営により会社及び原告らに損害を与えたか。被告丁原に、その監視義務違反の責任があるかの点にある。

第三争点の判断

一 事実の認定

(一)  昭和五二年頃、被告丙川は、もともと植木業を営んでいたが、その関係で、大昭和製紙の資金援助を受けて、北山磨き丸太の製造販売業を営む丙田株式会社を設立し、その代表取締役として、ワンマン経営をしていた。

(二)  その頃、乙原町の議会議長をしていた被告丁原が、その所有の山林とか土地を被告丙川に売却したことから、両者は知り合った。

(三)  昭和五六年頃、被告丙川は自己の経営する前掲丙田が倒産した。

(四)  その後、被告丙川は、後記株式会社戊田を設立する以前に、タルク(滑石・単斜又は斜方晶系の含水珪酸苦土鉱物で白色・帯緑色などを呈し、製紙充填剤などになる)七〇~八〇トンを台湾から輸入し、大阪の倉庫に保管していた。

(五)  昭和五九年初頃、被告丙川は右タルクは製紙業界に必須なもので、三井物産とか大昭和製紙とかに売り込み可能な有望な商品であり、被告丙川の愛人の姉婿がタルク鉱山と会社を経営しているので、そこからタルクを輸入して販売する会社を設立しようと被告丁原に勧め、同被告は被告丙川にそれまで個人的に融資した貸金二〇〇万円が未回収になっていたことから、資金融資をする趣旨でこれに同意した。

(六)  昭和五九年秋頃、被告丙川は、それまでに原告甲野が代表取締役をしている金融業甲田株式会社から融資を受けていた借財を会社の動産等の引き渡しにより決済した。

(七)  その頃、被告丙川は原告甲野方を訪ね、周山付近に住む名士を集めて、台湾からタルクという良質な製紙原材料となる原石を輸入し、これを三井物産を通じて製紙会社に販売する事業見通しの有望な会社を設立しようと持ち掛けた。原告甲野はそのころ所有していた「株式会社甲原」という休眠会社を利用して会社設立をすることとし、昭和五九年一二月一二日、休眠会社の会社継続の方法により株式会社戊田を設立して、代表取締役を被告丙川、取締役を被告丙川、被告丁原、原告甲野の従兄弟である甲野松夫、監査役を原告甲野が就任して、その旨の登記を了した(戊田設立の経過、役員の就任は当事者間に争いがない)。

なお、原告甲野は、右甲野松夫を取締役に就任させたのは、出資金などの監視のため従兄弟の同人を出向させて、会社の帳簿の記帳などに当たらせていたものである。

(八)  昭和五九年一二月から昭和六〇年一二月にかけて、原告甲野は、出資金一五〇万円、運転資金一八五万円、電話売買関係費(加入権売買代金相当額)二二万一、九二五円、給料分立替金七五万円の合計四三二万一、九二五円の金員を出した。

(九)  株式会社戊田は株式三、〇〇〇株、資本金三〇〇万円となっているが、昭和五九年一二月から昭和六〇年二月までの間に、原告ら、被告丁原計三名が約三〇〇万円を各出資する、被告丙川は、前示(四)のタルクを二五〇万円として現物出資し(ただし、被告丙川が右タルクを戊田に売り渡し、その代金で出資金に充てるという形式をとった)、貿易のノウハウを五〇万円分として出資するとの約束であった。

(一〇)  昭和六〇年一月五日頃、原告乙山は、高校教員時代の教え子である原告甲野から、新しい会社をやるので一緒にやって貰いたいと勧められ、被告丙川から原告甲野、その従兄弟の甲野松夫らと共に、会社の説明を受けて、これに参加することを承諾した。

(一一)  被告丁原も被告丙川に対する個人的貸付金二〇〇万円のほか、戊田に対して、出資金一五〇万円、資本金二〇〇万円、運転資金一五〇万円を出資した。

(一二)  被告丙川は言葉巧みに、台湾にある戊田を見てほしいなどといって、原告乙山に台湾渡航費五〇万円、さらに、同月(昭和六〇年二月)一六日に一五〇万円、三五万円、二〇万円、一三〇万円(ただし、前示台湾渡航費五〇万円を含む)の合計三三五万円を出させた。

(一三)  昭和六〇年二月に、被告丙川、その甥、被告丁原、甲野松夫、原告甲野の四名が台湾へ行き、被告丙川の案内で、現地のタルク工場をしている台湾法人の戊田や台湾で日本料理店をしている被告丙川の愛人丙秋子などと会った。

(一四)  昭和六〇年三月二日、原告乙山は、戊田の取締役に就任し、その旨就任登記を了した。

(一五)  その頃、原告甲野らは全国の製紙会社に出向いたりして、タルクの販売に努めたが、結局タルクの酸化鉄が多く、白色度がないということで日本の規格に合わず、販売できない状況であった。一方、被告丙川はタルクから酸化鉄を除去する会社のみを訪問していた。

(一六)  そして、戊田の本店は被告丙川の住宅であるマンションの一室であり、戊田設立後、個人住宅である右マンションの家賃一〇万円は戊田が支払い、また、設立直後に当時の最高級乗用車クラウン三、〇〇〇ccを被告丙川個人名義で購入したうえ(代金は会社負担)、被告丙川がこれを乗り回すなど派手好みで、放漫な経営を続けており、被告丙川が月一五万円位の給料の支給を受け取ったり、台湾その他へ出張し、その海外出張費も嵩むなど経費が過大になっているのを放置していた。

(一七)  昭和六〇年三月頃、被告丙川、被告丁原、原告甲野、原告乙山、取締役甲野らが台湾へ行き、タルクの販売が思わしくないので、台湾の戊田の紹介で、乾燥剤を入れる特殊紙を株式会社大倉博進の前身の大昭和パルプから仕入れて台湾の会社に売ることにし、被告丁原や原告甲野からその仕入れ代金の金員を借用したり、保証をしてもらった。

(一八)  昭和六〇年三月二六日、まず、被告丙川の人物に不信を抱いた原告乙山が取締役を辞任し、次いで、同年五月一五日、それまで、戊田の営業は経費倒れの赤字続きであり、経費節約を主張する原告甲野と派手な経営をする被告丙川とは、意見があわず、原告甲野は監査役を辞任した。

(一九)  同年六月二五日、被告丙川は戊田の代表取締役として、原告甲野に対し、前示(八)の合計四三二万一、九二五円の金員につき、預かり書を作成して、その頃同原告に送付した。

(二〇)  その後、被告丙川は戊田の経営を放置して、台湾の石を輸入して大阪空港用地に納める会社を設立して、その経営に当たっており、被告丁原はこれに期待して、自己の債権を回収するため、なお、戊田の取締役を辞任していない。

二 商法二六六条ノ三第一項の責任の検討

1 被告丙川の放漫経営等

前認定一の各事実、弁論の全趣旨、とくに、(四)、(五)、(一二)ないし(一九)に照らすと、被告丙川は、既に自己が輸入して在庫品として所有していたタルクが粗悪品で、日本の規格に合わない可能性が多いのに、これをすぐにも商品として大手の製紙会社に販売が可能であるといって、会社継続の方法により、株式会社戊田を発足させることとし、被告丁原、原告甲野、原告乙山をこれに共同出資させ、その後、特殊紙の販売もしたが、結局、大した営業もしないまま、高級車を購入して乗り回すなど派手な経営をして経費を乱費し、放漫な経営を繰り返して、会社を事実上倒産の状態に陥らせたまま放置し、新しい会社を設立しているものであって、これは、悪意又は重大な過失のある会社に対する任務懈怠であるというべきであり、少なくとも、原告らの後示5の被告丙川の賠償相当額の損害を会社に与えたものと推認でき(る)。《証拠判断省略》

2 原告らの損害と第三者該当性

(一) 原告甲野関係

(1) 原告甲野主張の同原告の昭和六〇年六月二五日の四三二万一、九二五円の準消費貸借は、前認定一(一九)のとおり、同日、被告丙川が戊田の代表取締役として、原告甲野に対し、前認定一(八)の合計四三二万一、九二五円の金員につき、預かり書を作成してその頃同原告に送付したことを認めることができるが、《証拠省略》に照らし、これは単に従前の支出分を明記した預かり書にすぎず、他にこれをもって、原告ら主張のように準消費貸借が成立したものと認めるに足る的確な証拠がない。

(2) そして、かりに、原告らの主張をこの準消費貸借という預かり書記載の個々の金員の支出であると解しても、前認定(八)のとおり、原告甲野は、昭和五九年一二月から昭和六〇年一二月にかけて、出資金一五〇万円、運転資金一八五万円、電話売買関係費(加入権売買代金相当額)二二万一、九二五円、給料分立替金七五万円の合計四三二万一、九二五円の金員を出したが、前認定一の各事実の経緯、弁論の全趣旨に照らすと、このうち、出資金一五〇万円は監査役たる原告甲野が、被告丙川との共同事業のために出資した金員であって、会社継続の形式をとって設立した個人企業に近い閉鎖会社である戊田の場合には、これは実質的に共同事業者ないし事実上の業務執行取締役たる原告甲野が、その地位において、自ら企業家として危険を伴う事業に出資した金員であり、これをもって、同原告が「第三者」として受けた損害と認めることができないし、また、この関係において、同原告は商法二六六条ノ三第一項の「第三者」にあたらない。

その余の支出金については、同原告が会社に貸し付けた金員であるといえるから、この回収不能によって、同原告は二八二万一、九二五円の損害を受けたものというべきである。

(二) 原告乙山の損害、第三者性

(1) 原告乙山は、前認定一(一二)のとおり、台湾渡航費五〇万円、さらに、同月(昭和六〇年二月)一六日に一五〇万円、三五万円、二〇万円、一三〇万円(ただし、前示台湾渡航費五〇万円を含む)の合計三三五万円を出したものであって、このうち、一五〇万円は前認定(一)の原告甲野の例及び弁論の全趣旨に照らし、出資金と認めることができるので、前示(一)(2)のとおり、同原告もまた共同事業者ないし事実上の業務執行取締役たる地位に基づく出資であって、同原告が「第三者」として受けた損害ということはできない。

(2) その余の支出金一八五万円は、前示(一)(2)と同様、原告が「第三者」として受けた損害であると認めることができる。

3 被告丙川の責任

(一) 被告丙川は、前認定1のとおりの放漫経営によって、前認定2(一)(2)の損害を原告らに与えたもので、商法二六六条ノ三第一項に基づき、これを賠償する責任がある。

(二) 賠償額(過失相殺)

前認定一の各事実、弁論の全趣旨に照らし、原告甲野は、戊田の設立に深く係わっており、タルクの輸入販売業を行うことを聞きながら、その品質、販路などについて充分な調査をしないまま、自己所有の休眠会社を提供したり、その従業員を派遣したり、また、原告乙山に事業への参加を勧めたりしているのであって、このような状態で戊田にその営業資金を貸し付けたものであり、この点につき、過失があるから、これを斟酌して、損害の三割をもって賠償額と定める。

なお、原告乙山には、前認定一の各事実、弁論の全趣旨により認められるその出資にいたる経緯と戊田の業務に対する関与の程度などに照らし、斟酌すべき過失を認めることはできず、過失相殺をしない。

4 被告丁原の責任

前認定一の各事実、弁論の全趣旨照らすと、被告丁原は、むしろ、原告らと同様の出資者であって、代表取締役である被告丙川を監視すべき義務に懈怠があったとしても、その地位は被告らと差異がなく、原告らはその責任を追及できる「第三者」に当たらないし、また、被告丁原の監視義務の履行によって、原告らの損害が阻止し得たこと、及びその阻止し得た額の主張立証がないので、その監視義務違反との間に相当因果関係のある損害を認めることができない。したがって、被告丁原には、原告らに対する損害賠償義務がない。

5 まとめ

被告丙川は、商法二六六条ノ三第一項に基づき、原告甲野に対して、金八四万六、五七七円(2,821,925円×0.3)、原告乙山に対して、金一八五万円及びこれらに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ賠償すべき責任がある。

三 共同不法行為責任の検討

前認定一の各事実、弁論の全趣旨に照らすと、被告丙川、被告丁原が、原告らを騙すなどして、原告らから金員を出資させるなど被告らの加害行為によって、直接原告らに損害を与えることにつき、故意過失があり、民法七〇九条の不法行為が成立するとの事実は、これを認めることができず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、原告らの共同不法行為責任を追及する請求は理由がない。

四 債権者代位権による請求の検討

前認定の各事実、弁論の全趣旨に照らしても、被告らが、原告ら主張のような会社に対して債務不履行、不法行為があること、とくに、被告丁原の会社に対する不法行為、債務不履行があることを認めることはできないし、また、被告丙川との関係においては、前認定二5の原告らに対する被告丙川の賠償額を越えた損害が生じたこと、及び、その金額を認めることができず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

したがって、右超過額につき、会社の被告らに対する損害賠償債権を認めることができないから、原告らの債権者代位権による請求は理由がない。

第四結論

原告らの本訴請求は、商法二六六条ノ三第一項に基づく損害賠償のうち、主文一項記載の各金員の限度で認容し、その余の請求(これを越える被告丙川に対する同請求、被告丁原に対する同請求全部、被告両名に対する共同不法行為、債権者代位権に基づく請求)は、いずれも理由がないから、これを棄却する。

(裁判官 吉川義春)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例